1963-02-12 第43回国会 衆議院 法務委員会 第3号
収容所当局といたしましても、できる限り円満に収拾しようというふうに努力いたしたのでございますが、やはりいろいろな理由から、十二月の五日に至りまして、約百五十名ばかりの者が収容の棟のとびらを破って合流いたしまして、所内の中庭で大へん気勢を上げておったのであります。
収容所当局といたしましても、できる限り円満に収拾しようというふうに努力いたしたのでございますが、やはりいろいろな理由から、十二月の五日に至りまして、約百五十名ばかりの者が収容の棟のとびらを破って合流いたしまして、所内の中庭で大へん気勢を上げておったのであります。
○佐々木参考人 私が帰国前の三月二十五日ですが、収容所の方から、そのときの団長、それから私が長崎県を代表して収容所当局あて刑務所の面会を申し込み、三月二十五日に釜山刑務所において抑留船の各船長と面会して参りました。
なおこの間釈放されました刑余者に対しては、収容所当局が協力までして韓国の国籍を強要させようとすらした、そういうふうな事例もあるのであります。そればかりでなく、在日朝鮮人は個々のいろいろな生活上その他の問題において、例をあげれば今まで朝鮮というふうな国籍になっていたものを、韓国というふうに直そうと思えば、それはきょうでも行けばすぐ直してくれる。
しかしながら収容所当局は同封の内田局長宛要請書において見られる通り、帰国問題を終始後味にし、「帰国問題はまだ確定していない」「上部の指示があれば南朝鮮へ強制送還を執行する」と言明し、我々は自己の上にいつのびるとも知れない恐ろしい魔の手に戦々競々としています。
そういたしますと県当局としては、四囲に感染の危険ありとして収容命令を出して収容した患者でありますので、国立癩療養所から勝手に出てしまつたということで、収容所当局は県並びに関係の向きから非常に責任を追究されて参ります。これは尤もなことであります。併し癩療養所は刑務所ではありませんので、職員も僅かでありますし、そういつた拘束の設備を持つておりません。